水産海洋研究

黒田隆哉


 水産海洋学という言葉が使われだしてから20年位になろうか、その定義らしいものはどうもよく分からないが、私なりに特に水産業の発展に役立つ海に関する知識の体系だと考えると、いま水研 ・水試 でやっている資源・海洋・増殖関係の研究の殆どは水産海洋学的研究ということになる。各水研に海洋部というものが出来てからもう13年になる。始めのうちは従来の資源部・増殖部や利用部から配置換えになった人達が大部分であったが、その後かなりの人の入れ替えがあったりして現在に至っている。各水研の海洋部の活動を見るとそれぞれ特色があって、必ずしも組織細目に書かれているような一律的なものでなく、その生い立ち、自然的環境条件やその水研のいき方等を反映した活動になっているようで、それなりにその水研にきちんとおさまって、そこの水研らしい独特の海洋部的活動となっている。
 さて私達のところは全水研中でも最も小さい部としてがん張っているが、それは仕事のスケールが小さいという意味では勿論なく、少人数だというだけのことである。私たちの守備範囲はこれまでのところ千葉県野島埼南東線から北側、北海道太平洋岸〜千島列島以南(但しこの辺りになると北水研の領分でもあるが)、そして東は必要なところまでということで、当水研担当魚種のカツオ・サンマ・サバ・イカ等の漁場の年々の拡大・縮小や、これ等魚種の研究の発展の段階に応じて変わる重点水域に対応して、調査研究の規模や範囲が伸縮して来た。それでもこれまでのところは未だ日本周辺の近海域が主であった。
 東北近海は黒潮・親潮及び津軽暖流が複雑に交錯し、その境目つまり潮境が随所に発達し、殆どの回遊性重要浮魚の漁場がこの潮境域に形成され、潮境の変動に伴って漁場の形成・移動・消滅が起こるという一大特徴を持っている。従って漁海況予報の一つの柱である海況予測は、この潮境の分布・移動を先ず予測することにある。勿論魚種によって時期も地理的位置も、また潮境を形成する水塊も異なるので厄介である。当然のことながら資源・海洋両部門の基本的研究が進まないことには、漁海況予測の精度の工場も希めない。
 三陸〜常磐沿岸の海況の実態とその変動に関する研究も重要で、この海域は他海区に比べてまだきれいなほうだと考えており、沿岸漁業・増養殖の発展が期待されている。従ってこの海を守るための科学的基礎資料の提供も私たちの任務として、その比重が高まりつつある。
 一方新しい海洋の秩序の下では、今までのような遠洋漁業の一方的な発展は希めなくなるつつある。今後は資源の有効利用ということを充分配慮しつつ、相手国との協調による遠洋(公海または宣言水域)漁業の維持・発展に加えて新漁場開拓・未利用資源開発が叫ばれている。食・餌料としての蛋白資源確保という見地からのみでなく、国民の嗜好の向かうところをも適確に見極めた上での開発でないと成功し難いであろう。当水研の当面の担当魚種であるカツオも、近年南方漁場が開拓され、カツオだけの周年操業が成立に至っており、またイカなども遠く赤道を越えてニュージーランド沖まで広がろうとしている。今後は既得権や既成事実を振りかざしたり、旧来の慣行を固守したりすることなく、沿岸国やNew Comers(沿岸国でも漁業実績国でもない)との共栄ということを前提として、水産先進国として誠意をもって対応し、これによって我が方の漁業の安泰も計るといういき方がとられるべきであろう。勿論我が方の利益追求・擁護を焦って、海洋の無秩序状態の発生を助長するようなことがあってはならない。報道によると、バンダ海におけるマグロ延縄漁業(中小漁業)について、民間ベースで二国間協定が結ばれることになり、この場合は利益分与方式(入漁料に加えて)が考えられているという。この様な共栄的な形での宣言域内操業形式が、大方の納得いくいかないはともかくとして、今後いろいろと形は変わっても出て来るのではなかろうか。魚種別・漁業別・業態別のきめ細かい対応が必要であろう。沿岸国やNew Comersの200海里宣言等によって、かえって正しい調査・開発が不充分となり、折角の資源が有効に利用されないといった事態も起こり得る。共栄を前提としてここに入ろうとする場合、先ず当然そこの基礎的(水産海洋学的)資料が必要とされ、我が水研もその担当魚種については責任の一端を負うこととなろう。公海における進漁場開拓・未利用資源開発にも他国の目は光っている。適正生産・利用という前提に立って秩序ある操業をするためにも、水産海洋学的事前評価或いはそのための事前調査が必要とされるだろう。このような時、当方にそれに応える用意もなく、またその気もないとすれば結果は自明である。
 我々が魚(水産)なしにはやっていけない以上、それをどうやって賄っていくかは何といっても長期展望に立った強力な行政に期待するところが大きい。その行政からのニーズに応えるためには、先ずもって経常研究費による地道な基礎的研究の蓄積がなければならない。沿岸から遠洋まで水産は多くの問題を抱えており、これらの問題の多くが行政技術だけで片付くものとは思われない以上、今日こそそれを支える水産研究期間の思い切った充実が急務だと考えるし、また良いチャンスだと思うのである。
(海洋部長)

Ryuuya Kuroda

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