東北沿岸の異常冷水について

武藤清一郎


 2月中旬岩手県沿岸に接岸した親潮は、極めて低温で、宮古湾、釜石湾の定地水温で1℃台を示した。この親潮は三陸の岸沿いに南に張り出し、福島県鵜ノ尾埼付近に至ったが、常磐近海の黒潮北上分派に阻まれ、昭和38年の異常冷水とは異なり、いまのところ常磐以南までは及んでいない。2月中旬に強く接岸した岩手沿岸では魚介のへい死現象がみられた。現在では徐々に昇温しているもののいぜんとして三陸沿岸の表層は3℃台の冷水におゝわれている。今後ワカメ等に対する影響、又は春季昇温後の赤潮の発生が警戒されている。
 第4回東北ブロック水産海洋研究連絡会(2月20・21日、盛岡市)の申し合わせにより、今回の異常冷水の情報について東北水研海洋部がとりまとめて連絡することになり、2月下旬以降略々旬毎に速報を出しているが、現在までの状況について述べる。
1.海  況
 1)2月上旬
2月上旬の道東の親潮は巾広く南西に張り出し、尻屋埼沖で約100海里の巾を持ち、その南下流量は4.6×106立方m/sec(平年値2.6×106立方m/sec,600db基準)と非常に大きい。又親潮域の塩分は表層・100m層ともに32.70〜33.00‰となっている(函館海洋気象台)。2月中旬に至り岩手県沿岸に強く接岸した(2月16日田老〜釜石1℃台)。過去にこの時期での親潮接岸は殆んど起きていない。岩手・宮城・福島の各県水試の観測を中心に2月下旬の海況についてまとめると、親潮は三陸沿岸に接岸して南に張り出し、常磐近海で黒潮分派の北上に阻まれ、茨城県より福島県にかけての沿岸〜近海に著るしい潮境を形成している。黒潮は房総半島沖を北東流し、その北限は36.8°N(144°E)付近にあり最大流速は4.7ktを示していた(函館海洋気象台)。津軽暖流の張り出しは尻屋埼沖で142.5゜E付近で平年並みであるが、表層では親潮に強く西方に圧迫されていた。(第1図 表層 100m深 参照)
 2)3月上旬
 親潮の南への張り出しの先端は請戸沖20海里付近から東南東にのび、南限は37.3°N(143°E)よりいくらか沖にあると考えられ、常磐近海の黒潮北上分派と顕著な潮境を形成していた。この金華山近海の親潮域の水温は表層・100m層ともに3℃台であった。
 3) 3月中旬
 東北水研はわかたか丸で145°E西、41°N〜37°Nにかけて異常冷水の観測を行なったが、各県水試の同期の観測も含めての海況をまとめる。2月中旬以降岩手県沿岸に強く接岸した1〜2℃台(表層33.0‰以下)の冷水は黒埼以北に後退し、親潮(5℃以下、表層32.8〜33.5‰)の南への張り出しは常磐近海の黒潮北上分派に阻まれ、37.5°N付近を東西にのびる潮境を形成していた。この黒潮北上分派は37°N、143°E付近では表層16℃、100m層15℃で塩分はともに34.80‰を示し、6℃、34.20‰の深度は600mに達する。三陸近海の親潮は、2月に比し表層の巾が狭くなり、その張り出しは表層・100m層ともに北に後退している。金華山以北の沿岸部には2〜4℃(表層32.8〜33.0‰)の冷水が表層から100m層にかけて存在するが、100m層以深には6℃台の津軽暖流水が南下している。津軽暖流の東方への張り出しは、親潮に圧迫されて極めて狭く、尻屋埼沖で142°Eに達していない。(第2図 表層 100m深 参照)
 東北水研わかたか丸の観測で得られた動物プランクトンの分布を(第3図参照)に示す。
 三陸沿岸〜近海を広く冷水種が占めているが、殆んど単一組成で、特にMetridiaはオホーック海、北太平洋の冷水域に分布する種で、三陸近海に単一組成で出現することは過去の資料ではまれである。又混合水域の量と比較して冷水域・特に沿岸域の量は例年よりかなり少ない(小達)。
 又稚魚の分布をみると、親潮域はアイナメ科が主で、季節的な分布となっているが、金華山付近ではイカナゴがみられる。常磐近海からの黒潮北上分派域にはマイワシ・イカナゴの稚魚が分布し、更にこの黒潮暖水に沿ってみられる冷水(4℃台;37°N、144°E付近)にはホッケ・ホウネンエソ等がみられた(林)。
 4) 3月下旬
 三陸沿岸の表層は、中旬に比し約1℃昇温しており、全般的に3℃台を示していた。
  沿岸域(200m等深線付近)は略々表層から30m層にかけて上記3℃の冷水がおゝっていた(わかたか丸3月24〜25日)。
 近海の親潮の張り出しは、中旬同様三陸沿岸に沿って南に張り出しているが(みやけ3月26〜28日)常磐近海の観測が少なく、親潮の南限は明らかでない。原釜から塩屋埼にかけては30海里沖に表層で3℃台の冷水が南下しており、上述の三陸沿岸に存在する3℃台の冷水に連なっている模様である。又沿岸では請戸以南でも5℃台の水の南下がみられた。
 塩屋埼近海を黒潮暖水が北上しているので沿岸の冷水と接触し、下層の水温変動は著るしい。(第4図 表層 100m深 参照)
2.沿岸〜浅海域における異常冷水の影響
 沿岸〜浅海の生物への異常冷水の影響は、2月中旬に親潮が強く接近した岩手県沿岸より始まり宮城県気仙沼付近に及び、その後冷水の先端に当る福島県沿岸に至った。
 1)2月中旬以降
 岩手県沿岸に2月中旬接岸した冷水は距岸50海里以内で殆んど1〜2℃台で、水色は比較的よく、透明度は21mもあった。田老町より三陸町の沿岸で、アジ・サバ・ウマヅラハギ・フグ・カガシダイ・イナダ・イワシ類・ニギス・オコゼ・アナゴ・メガラ・エゾアイメが斃死又は仮死状態で浮上し、アワビ稚貝が斃死した。又スケトウダラの水揚が急増した。
 2月18日唐桑埼付近2℃台、19日気仙沼湾口付近に2〜3℃台の冷水が出現、志津川湾外は3〜4℃台であるが湾内は6℃台を示す。19日以降岩井埼で栄養塩が急増(Nitrate―N、25→95〜120γ/リットル)。アジ・ウマヅラハギ・ウシハモ・アメフラシ・精進ガニが斃死、イサダ(沖アミ)漁は2月20日が初漁で例年より早く(例年3月)、好漁を続けている(日帰り1隻2トン前後)。魚群は沿岸に濃縮されている。又江ノ島でメバル好漁。イカナゴは20日以降獲れない(気仙招)、冷水のためか海鳥(ウミスズメ・ウトウ)がいなくなった。塩屋埼20海里以内に例年より多くのオットセイがみられた。
   2)3 月
 岩手県宮古・釜石湾ともに上旬は水温変動あり(6日5℃台、8日3℃台)吉里吉里のワカメ漁場の栄養塩類は例年の倍あった。又大船渡湾内貯木場付近で上旬にカタクチイワシの斃死がみられた。全般的にスケソウが短漁(例年の3倍)、沿岸の小漁は非常に悪い。
 養殖ワカメは大型葉は殆んど影響を認めていない。葉長1m位のやゝ若い葉の生長点付近で葉のちゞれ、まきこみ、脱色枯死した個体がみられた。魚類の斃死は下旬にはみられない。3月10日現在で気付沼大島1.5℃、江ノ島3.7℃、出島3.7℃、田代島1.3℃低い(昭和43〜48年平均に比較して)。ー般にイサダが多く、イカナゴが少ない。又マス漁が不漁となっている。
 気仙沼などの内湾では養殖ワカメへの影響は殆んどなく、福島県沿岸は平年より1〜 2℃低い、松川浦5.8℃(平年8.0℃)となっている。原釜を中心にスケソウ漁が良い。 又例年みられないサクラマス・ケガニがとれている。藻類の被害はない。
3.過去の異常冷水と今後の見とおし
   1)過去の異常冷水
 三陸沿岸には親潮が通常2〜3月に接近し、特に3月は著るしい、又7・8月から9・10月頃には近海を南に張り出す。しかし、2・3月頃から数ケ月間三陸沿岸、更には常磐近海にかけて、冷水が持続する例も過去に幾つかあるので略述する。
 大正14年3月尾埼沖1〜70海里で0.8〜1.8℃
 昭和16年親潮が岩手県北に強接岸し、南への張り出しは顕著、3月中・下旬表層0〜5℃
 昭和19年2〜3月尾埼沖1〜50海里で、0.2〜3.3℃
 昭和38年東北沿岸は2・3月から6・7月まで、三陸から常磐まで親潮が播居した。この現象は北半球規模で起った。岩手では主としてサバ斃死。
 昭和40年3月に本年と同程度の冷水(1℃台)が三陸沿岸に強接岸し浅海域に影響した。間もなく離岸したが、親潮接岸分枝は夏季以降まで例年になく顕著であった。コウナゴ・メロードは大漁し、クロマグロは空前の豊漁であった(宮城)。
 昭和48年2・3月に岩手沿岸に冷水(塊)接岸、サバ斃死。
   2)今後の見とおし
 沿岸域の水温は徐々に昇温し、親潮の張り出しは弱まりつゝある。しかし黒潮の変化特に親潮の南への張り出しを阻んでいる。常磐近海の黒潮北上分派(暖水舌)の動向によっては、三陸沿岸の冷水域が、常磐近海に入り込むことも考えられる。これにより常磐沿岸〜近海の低温化が生じよう。又水温の上昇に伴って赤潮の発生が警戒されるが、すでに岩手県の各湾においてその徴侯がみられている模様である。                                  

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