2.北太平洋中層水の形成と中層循環機構の解明

(5)北太平洋中層循環のモデリングによる研究

 

気象研究所海洋研究部

石崎 廣

 

1.始めに

 本研究の目的は、黒潮の現実的離岸を表現できる高解像度モデルを用いて、できるだけ自然な物理的条件の下で北太平洋中層水の形成・拡散過程をシミュレートすることである。初年度(平成12年度)には、Hellerman and Rosenstein (1983)(以下、HRと略) による風応力データを用いた実験を中心にして、中層塩分極小層を現実的に再現するための要因が何であるかを探るための様々な実験を行った。その結果、上記風応力データでは、亜熱帯に比べて亜寒帯での風応力強制力が弱く、親潮が現実的な位置まで南下しないこと、また、それにより、黒潮水と親潮水との等密度面に沿った混合が十分に起こらず、結果的にモデル内の中層水は親潮水の影響をあまり受けず、塩分極小層が十分発達しないことが分かった。上記風応力データで亜寒帯域の風応力を人工的に強くするか、または、替わりにNCEPの再解析値風応力データを用いることにより、モデル中での塩分極小層の状態が改善された。

 本年度は、改めて、NCEP風応力データを用いた長期積分を行い、塩分極小について昨年度の基本実験や観測気候値と比べるとともに、千島列島沿いの海水交換と混合水域での親潮水・黒潮水混合比率を調べ、観測結果と比較した。

 

2.二つの風応力データによる塩分極小層の相違

 NCEP風応力データは、19791998年の20年間のデータから月平均気候値を作成して用いた。HRも月平均気候値を用いた。年平均値で両者を比較すると、Curl の分布に大規模パターンとして大きな定性的相違があるわけではないが、NCEPデータはHRデータに比べて亜熱帯で弱く亜寒帯で強い傾向が顕著である。また、日本の東側、3545°Nの緯度帯で170°E辺りまでNCEPデータでは明らかに正値(亜寒帯域の影響が連続)であるのに対し、HRデータでは空間平均的に弱い負値となり、後者の西岸での零線は40°N付近となる。Curl の分布を反映して、スヴェルドラップ輸送量もNCEPではHRにくらべて亜熱帯循環で約10Sv小さく、亜寒帯循環では約15Sv強い。

 それぞれの風応力データを用いた実験(以下、単にHR、NCEPと称する)では、水平一様・静止状態から出発し、120年間の時間積分を行い、最後の3年間について5日毎のデータを平均し解析した。図1と図2には26.8σθ等密度面上の塩分分布と180°に沿った塩分の南北鉛直断面を示す。HRで最も特徴的なことは、亜熱帯循環系でGyre パターンが残ることであるが、NCEPおよび観測ではみられない。また、亜寒帯循環系内部での低塩分化もNCEPの方がより強く進行している。日本付近では、NCEPはHRに比べて日本東岸での塩分フロントが全般に拡がり、かつ南下している。ただし、NCEPの場合でも観測に比較すると、南に張り出した低塩分の程度は0.2 psu ほど弱い。HRでは平面図の Gyre パターンを反映して、鉛直断面で南側に低塩分コアがみられるのに対し、NCEPの場合には、小さなコアはみられるものの、全般に滑らかに連続した分布となり、現実に近づく。ただ、平面図同様、塩分極小の中心値は現実に比べて、0.2 psu ほど高い。

 図3には、NCEPにおける26.8σθ等密度面上の瞬間的な渦位分布の例を示す。オホーツク海水の影響を受けた低渦位の親潮水が、千島列島、北海道、本州北部に沿って南下し、その一部は黒潮続流の北縁に沿って南東方向に伸びているのがみられる。このような現象は、HRに比べてNCEPでは多くみられ、黒潮水と親潮水の混合がNCEPにおいてより進んでいることが伺える。この結果、NCEPにおける塩分極小の状態が改善されたと考えられる。

 

3.千島列島における海水交換

 本研究のモデル計算結果を観測結果と比較するために、NCEP実験結果の様々の側面の解析を行っている。まず、千島列島を通しての海水交換の平均状態と時間変化について述べる。表1には解析期間3年間について平均した、主な海峡を通しての流量を、中層水の密度帯(26.6 – 27.0σθ, 27.0 – 27.4σθ)、及び全体について示す。ウルップ海峡の北にあるシムシル島を境にして南北2つに分かれ、北側では太平洋からオホーツク海へ流入、南ではオホーツク海からの流出となり、定性的には、観測結果と一致する。全交換量としては4.5 Sv 程度であり、観測から推定される値の範囲に含まれる。中層水の2つの密度帯についてみると上部(26.6 – 27.0σθ)が約 1.5 Sv の交換に対して、下部(27.0 – 27.4σθ)は南北ともオホーツク海からの流出(計0.9 Sv)となる。これは、北部にあるムシル海峡でのみ上部でオホーツク海への流入、下部でオホーツク海からの流出となっているためである。

 次にこれら海峡流量の時間変動をみてみる。図4には、4つの主な海峡(エトロフ、ウルップ、ケトイ・ラショワ、ムシル)での3年間の密度帯毎および全体の流量時間変動を示す。ここで特徴的なことは、中層上部および全流量において、それぞれ南北端に近いエトロフ、ムシル海峡では1年周期変動が卓越するのに対して、中央部のウルップ、ケトイ・ラショワ海峡では短周期変動成分(100日あるいはそれ以下)が卓越することである。全流量についてのみ、さらに南北端に近いクナシリ、オンネコタン海峡も加えてあるが、それぞれエトロフ、ムシル海峡と同じ傾向を示す。図5には千島列島南部、北部それぞれ合計した、密度帯毎および全体の流量変化を示す。年変動に短周期成分が重なる。年変動では、秋から初冬にかけて流入出ともに増大、晩冬から初夏にかけて減少する。

 

4.親潮水と黒潮水の等密度面混合

 観測データを用いてYasuda et al. (2001) が行ったように、混合水域および亜熱帯循環系の中層水が純粋な黒潮水と親潮水との等密度面混合で形成されるとの仮定の下で、モデル結果におけるその混合比を見積もった。基になる純粋な親潮水、黒潮水としては、それぞれ、(42°N 20’, 145°E)、(34°N 30’, 141°E 30’)を中心とする9点での平均水温・塩分値から定義した。これらの位置は Yasuda et al. (2001) による観測データに対する定義域に近い。図6には、観測とモデルの、σθで 0.1 毎に平均した水温・塩分値を示す。

図7,図8には中層上部(26.6 – 27.0σθ)と下部(27.0 – 27.4σθ)のσθ0.1 毎にこれらを基にして求めた混合比の水平分布を示す。中層上部(図7)ではσθの増加とともに親潮水の占める混合の割合は南に向かって増加するものの、比率0.5 の等値線の位置はほとんど変わらず、4045°N辺りに存在する。この密度帯は塩分極小層に対応する密度帯である(図1,2)が、40°N 以南での親潮水の混合比は小さい。ここで改めて、NCEP実験でも現実に比べると塩分極小の程度が0.2 psu ほど弱いことの原因として、親潮水の混合が弱いことが確認できる。一方、中層下部(図8)ではσθの増加とともに比率0.5 の等値線は南下する(3642°Nまで)が、比率0の等値線(純粋な黒潮水の北限)はむしろ北上(30°N)する。このことは、下層ほど親潮水は黒潮水とよく混合するが、その存在する範囲(南限)が限られてくることを意味する。また、比率0〜0.5 の等値線の分布パターンからみて、150170°N の範囲で相対的には最も混合が進んでいることが推測される。

 

5.まとめと今後の予定

 以上、NCEP実験とHR実験結果との比較、および、NCEP実験結果解析の概略をみてきたが、ここで改めて浮かび上がってくるのは、中層上部(26.6 – 27.0σθ)での親潮水と黒潮水の混合の弱さである。これを改善するために、今まで数多くの実験を繰り返してきたが、ここに示した結果を有意に越えるものは見あたらなかった。そこで原点に立ち返って、このような混合が何によって引き起こされているかを考えた場合に、一般には、奥田ら(1995)によって黒潮続流域で観測されたような小規模の低塩分のパッチが多く形成され、等密度面に沿って輸送され、最終的に周りの水と混合されることにより徐々に等密度面に沿って低塩分化が進行していくという機構が考えられている。ところが、この実験ではそのような低塩分のパッチはほとんど現れない。その原因としては、鉛直分解能が粗い(100m)ことと高次のトレーサ移流スキーム(QUICK)に含まれる強い擬似拡散の影響が考えられる。そこで、鉛直分解能を50mに上げ、擬似拡散を押さえてテストしたところ非常に良好な結果を得た。今後、この方向での実験を追加する予定である。

 

図1 26.8σθ等密度面上の塩分分布。   図2 180°に沿った塩分鉛直断面。

上からHR、NCEP、および観測。    上からHR、NCEP、および観測。

 

 

 

図3 NCEP実験での 26.8σθ等密度面上の瞬間的な渦位分布の例

 

 

 

 

表1 千島列島海峡部での年平均通過流量(オホーツク海から太平洋への流出を正とする)

     単位 Sv

 

  海峡名

sigma26.6 - 27.0

sigma27.0-27.4

sigma26.6-27.4

  全流量

 

 

1.シュムシュ

2オンネコタン

3ムシル

4.ケトイ・ラショワ

5.シムシル

   

 - 0.02

 - 0.72

 - 0.45

 - 0.15

  

  計

 - 1.34

 

   

   

   0.28

  - 0.12

  - 0.02

 

 

  0.15

 

   

 - 0.02

 - 0.44

 - 0.56

 - 0.18

  

  

 - 1.20

 

 - 0.02

 - 1.48

 - 1.74

 - 0.86

 - 0.32

  

  

 - 4.42

 

 

 

6.ウルップ

7.エトロフ

8.クナシリ

9.ネムロ

   0.89

   0.65

   

   

  計

  1.54

   0.79

   

   

   

 

  0.79

   1.69

   0.65

   

   

  計

 2.34

   2.12

   2.06

   0.54

   0.02

  計

  4.74

 

  合 計

       0.20

     0.94

        1.14

       0.32

宗谷海峡からオホーツク海への流入 0.33 Sv

 

 

図4 千島列島の4つの主な海峡での3年間の流量時間変動。左上:26.6-27.0σθ、右上:27.0-27.4σθ、左下:26.6-27.4σθ、右下:全流量。黒:エトロフ海峡、緑:ウルップ海峡、黄:ケトイ・ラショワ海峡、赤:ムシル海峡。全流量(右下)に対してのみ、クナシリ海峡(ピンク)とオンネコタン海峡(紫)を加える。

   

図5 千島列島南部海峡合計(黒)、北部海峡合計(緑)、および全合計(黄)の流動変動。左上:26.6-27.0σθ、右上:27.0-27.4σθ、左下:26.6-27.4σθ、右下:全流量。

 

 

       

図6 起源水として定義した黒潮水と親潮水のσθ0.1毎の水温・塩分分布。緑:観測(Yasuda et al. 2001)、赤:モデル。図中の太い曲線はσθ 26.6, 27.0, 27.4 を示す。

図7 中層上部(26.6 – 27.0σθ)のσθ 0.1 毎の親潮水・黒潮水混合比。黒い実線は混合比0(純粋な黒潮水)、0.5、1(純粋な親潮水)を示す。

図8 中層下部(27.0 – 27.4σθ)のσθ 0.1 毎の親潮水・黒潮水混合比。黒い実線は混合比0(純粋な黒潮水)、0.5、1(純粋な親潮水)を示す。