課題名:北太平洋亜寒帯循環と気候変動に関する国際共同研究

大項目:北太平洋亜寒帯循環の構造と変動の解明

中項目:亜寒帯の表層循環変動に関する研究

小項目:表層循環変動と吹送流評価に関する解析研究

担当機関:財団法人日本水路協会 海洋情報研究センター

主任研究者名:研究開発部長代理 鈴木 亨


北太平洋亜寒帯循環域における表層循環の季節変動を明らかにする目的で,海 上保安庁の巡視船・測量船に搭載されているADCP(Acoustic Doppler Current Profiler; 音波ドップラー流速計)による観測で得られた流速データを解析し た. 海上保安庁が使用するADCPは古野電気製の3ビーム式で最大3層を計測できるタ イプで,データを取得した船舶数はのべ102隻にのぼり,Fig.1に示すように 1986年から観測が始まって最近では50万点程度のデータが得られている.

Fig.1: 海上保安庁ADCPによる海流データ観測点数の年変移

2000年3月までの総観測点数は約490万点で,そのうち品質管理処理後の測点数 は約436万点となった. なお品質管理処理では測器や測位のエラー,測定不良など品質チェック結果に 応じてフラグを付加しており,実際にデータセットから削除されたのは明らか な重複データだけである. 観測層は船舶または航海毎に異なるが,Fig.2で見られるように主に10m, 20m, 50m, 100m付近に観測が集中している. そこで5〜15mを10m(約414万層), 15〜25mを20m(約73万層), 45〜55mを50m(約 242万層), 95〜105mを100m(約179万層), 195〜205mを200m(約24万層)と見なし て水深毎に10分メッシュで統計処理を行った.

Fig.2: 海上保安庁ADCPによる海流観測層数(1988年〜2000年3月)

Fig.3は10m深における10分メッシュ内の海流観測点数の分布図を季節別で示し ている. 季節別の測点数は100万点前後とほぼ一定で,また,月別の測点層数は12月こ そ26万層であるが1〜11月は約35万層前後であり,したがって時期による観測 の偏りは小さいと言える. 観測点の分布形状も季節によって大きな違いはみられないが,海上保安庁の巡 視船という立場上,観測範囲は日本周辺海域に限られている.

Fig.3: 海上保安庁ADCPによる季節別の10分メッシュ内海流観測点数の分布図(1988年〜2000年3月). 左上:1〜3月(1008457点),右上:4〜6月(1118998点),左下:7〜9月(1080233点),右下:10〜12月(928782点)

Fig.4は10m, 20m, 50m, 100mの各層における全年平均の海流分布図を示す. 図中の矢符は10個以上のデータがある10分メッシュのベクトル平均を表し,緯 度経度30分毎に間引いて表示してある.
本課題とは直接関係ないが,Fig.4で見られる日本近海の年平均海流場の特徴 をここで述べておく. 10~m, 50~m深では東シナ海からトカラ海峡を抜けて日本南岸に沿って流れる黒 潮が明瞭である. 四国南岸から紀伊半島沖の黒潮の南側にある黒潮循環域は,データが少ないせ いかこの図からは明確ではない. また,年平均しているため遠州灘から伊豆諸島にかけての黒潮流軸の変動が平 滑化されてしまっているが,日本南岸の水温と,串本と浦神との間の潮位差と 三宅島・八丈島の潮位との関係から黒潮流路を4ケースに分類できることが示 されているので,ADCP観測データを黒潮流路別にわけて統計処理をすれば,黒 潮流軸の変動が明確になることが期待できる.

Fig.4: 海上保安庁ADCPデータから算出した日本近海の1988年から2000年3月までの10分メッシュ平均海流ベクトル図. 左上:10m深,右上:20m深,左下:50m深,右下:100m深. 図中の矢符は10個以上のデータがあるメッシュのベクトル平均を表す.

亜寒帯循環域のうち北海道東岸から三陸沖にかけての親潮域(36°〜 45°N,140°〜146°E)に着目すると, Fig.5に示すように年平均では北海道南東に沿って南下する親潮第一分枝,津 軽海流,そして三陸沿岸に沿って南下する沿岸流が認められる. 同図に示す安定度(ベクトル平均流速のスカラー平均流速に対する割合)を見る と,特に三陸沿いの南下流の安定度が高い.

Fig.5: 親潮域における10分メッシュの年平均海流ベクトルおよび安定度(ベクトル平均流速のスカラー平均流速に対する割合(%)). 左:10m深,中:50m深,右:100m深.

次に同じ海域で月平均ベクトルをさらに三ヶ月移動平均したベクトル図を動画 で連続的に示す(Anim.6). これを見ると1〜3月と10〜12月の親潮の流速が比較的大きい. それに対し7〜12月の津軽海流は沖合に張りだし,特に7〜9月では三陸沿岸の 南下流が強化されている. この南下流が宮城県沖で反時計回りに北上し,三陸沖合の混合域に流れ込む様 子が4〜6月で見られる. この津軽海流の盛衰は過去の水温観測から見られた特徴に一致する.

Anim.1: 親潮域の10m深における三ヶ月移動平均海流ベクトル図および安定度.
GIFアニメーション(左:10m, 中:50m, 右:100m)
AVIアニメーション(左:10m, 中:50m, 右:100m)

Figs.5, 6で見られるように当該海域で月別に統計値を求めようとすると測点 分布に粗密が生じるため,解析に十分な海域をカバーすることができない. また,メッシュ内の観測点数にも偏りが生じ,測点数の少ないメッシュ内の平 均値の信頼性に問題がある. そこで海流データを東西成分および南北成分に分け,各成分を客観解析による 空間補間を行い,海流場の季節変動を動画で見てみることにする. 10分メッシュの月平均ベクトルを三ヶ月移動平均したのち月毎に空間補間を行っ た海流場の南北成分をAnim.2に,東西成分をAnim.3にそれぞれ示す. 南北成分を見ると三陸沿いの南向きの成分は常に存在するが,特に夏から秋に かけて強化されている. その沖側には北上流が存在するが春から秋にかけては分布が複雑に変動し,冬 は比較的安定している. 東西成分では春から秋にかけて津軽海峡を抜ける津軽海流の東方成分が卓越し, 青森県の沖合で強い時計回りの循環流を形成している. 三陸沖合では夏に強い東方成分が見られるものの変動はやはり複雑である. 一方,北海道東岸には親潮に対応する岸沿いに西方成分が存在するが,夏から 冬にかけて流速が大きく,春は比較的小さい.

Anim.2: 親潮域の10m深における三ヶ月移動平均値の客観解析による海流分布図(南北成分).
GIFアニメーション(左:10m, 中:50m, 右:100m)
AVIアニメーション(左:10m, 中:50m, 右:100m)
Anim.3: 親潮域の10m深における三ヶ月移動平均値の客観解析による海流分布図(東西成分).
GIFアニメーション(左:10m, 中:50m, 右:100m)
AVIアニメーション(左:10m, 中:50m, 右:100m)

海上保安庁巡視船・測量船に搭載されたADCPによる海流観測データを解析した 結果から亜寒帯循環域の北西部における表層海流場を評価すると,三陸沿岸沿 いの南下流は安定した存在であるものの,北海道東岸から三陸沖の範囲の表層 海流場は季節毎に複雑に変動していることがわかった. 本課題では10m深の海流場を中心に見てきたが,この層は海上風の影響を受け るエクマン層内であるので,海上風による吹送流成分を取り除き,正味の表層 海流場として再評価する必要がある.