1.北太平洋亜寒帯循環の構造と変動の解明

(3)亜寒帯における大規模な水塊の経年変動に関する解析・観測研究

  1)亜寒帯中・深層水塊の変動に関する研究

 

海洋科学技術センター 深澤理郎、吉川泰司、内田 裕

1.   はじめに

 北太平洋亜寒帯域の特徴のうち、‘北大西洋と南極周辺を起点とする全球規模の熱塩循環の終端となっていること’、‘この海域における風の回転成分の符号は、アラスカ湾で季節的な変化がみられるものの、年間を通じての平均がほぼ全域で正となっていること’、‘アラスカ湾の一部をのぞいた全域で亜表層以外に顕著な密度成層がみられないこと’、および‘地球自転のβ成分が小さく内部ロスビー波の位相速度が毎秒1cm程度しかないこと’、は、この海域に深層から亜表層におよぶ湧昇の存在を示唆している。実際、北太平洋亜寒帯域では栄養塩の極大が中緯度に比べて浅くなっていると同時に極大以深での鉛直プロファイルが単調になっていることは、この湧昇の存在を否定していない。一方、上に述べた特徴を持ちながらも、この海域では表層のオーバーターンの結果として北太平洋中層水(NPIW)を中緯度中層に送り出している。その起源としてオホーツク海が指摘されてきたが、近年の観測研究からは、NPIWの起源を西部亜寒帯水(WSAW)にまでさかのぼる必要があることが明らかになっている(ITO、2000)。WSAWは、亜寒帯循環西部の中冷水が亜寒帯循環内を巡る内に変成を受けて形成されると考えられている(大谷等、1982)。中冷水下層でのTurner Angleが強いfinger型の対流の存在を示唆していることから、上記の変成には中冷水直下の海洋構造として、中暖水(Mesothermal Layer)の分布状況(Yasuda et Al., 2000)、および、東西亜寒帯循環中央部と周辺に存在する下部周極水起源の海水が大きく関与している可能性が高い。言い換えれば、NPIW形成としての北太平洋亜寒帯オーバーターンは、表層でベンチレートしないという特徴と同時に、中・深層のグローバルオーバーターンの影響を強く受けるという特徴をもあわせ持つことになる。

 本課題では、以上の観点から、特に中・深層での水塊の時間変化を記述し、北太平洋亜寒帯オーバーターンへの影響を評価しようとした。そのために、1985年に実施されたWOCE P1測線、1993年に実施されたP17N測線の再観測を行い、中深層での水塊変化を検出すると同時に、それと特に表層風応力との関係について解析を行った。

 

2.データ

 第T期の最終年度にあたる1999年の春から秋にかけて、SAGEが西経152度以西を開洋丸(水産庁)とみらい(JAMSTEC)、それ以東をカナダIOS(J.P.Tully)が分担し、北緯47度に沿ったP1観測を実施した。また、2001年夏には、みらいによって、P17C8点を含むP17Nの観測を行った(図1)。これらの観測データは、これらの測線で初めて炭酸系の観測が実施されたこともあり極めて貴重である。P17については全てのクルースレポートがまとまり、年度内のWHPIOおよびSAGEデータとして登録できるものの、P1については特に化学系の多くの項目についてデータ精度の記述が集まらず、年度内には、QCの終了したCTDデータのみをSAGEデータとして登録、全体としては、データブックの出版にとどまらざるを得ないのが残念である。

一方、海上風データについては、1945年から1999年までのNCEP月平均再解析データを使用した。

 

3.結果

P1:(中・深層)図2に1985年と1999年とのCTD水温差断面を示す。赤系統の彩色、青系統の彩色は、それぞれ1999年に0.002℃以上の昇温が観測されたことを表している。中層としてMesothermal Layerの下層にあたる300m以深では、ほぼ全層にわたって100ないし500kmの水平スケールをもつ昇温、降温パターンが繰り返されていることが観測された。塩分については(図3)高カン化を赤系統、低カン化を青系統でしめしたが両観測間に有意な差が観測された深度で、塩分変化と水温変化の間に完全な負の相関が観測された。この海域での中層では、塩分については深度の単調増加関数、水温については単調減少関数であることから、中層での水温変化と塩分変化に見られた関係は水塊の局所的な上下によるものと考えられた。一方、1982年から1984年までの風応力回転成分と1996年から1999年の風応力回転成分との差(図4)からは、P1に沿って正(負)の回転が強まった領域と昇(降)温が観測される領域に良い一致がみられた。このことっと、北緯47度付近での最速の内部ロスビー波が1cm/sec以下の位相速度しかもたず(Killworth,1997)風応力回転場の変化によって生じる内部ロスビーがほぼ停滞することを合わせ考えると、図2,3に見られた中・深層での変化パターンは風回転場の変化に強制された湧昇と沈み込みの変化を示した結果と考えて大きな矛盾は生じない。

(底層)図2に示された水温差からは、水深5000mを越える海域の底層1000mに一様な昇温が観測されている。この昇温は、さらに詳細に見ると、この海域に存在するNADWθクラスの海水のうち、1.1以下の海水の量が減り、対応して1.2以上の海水の量が減った事に起因したものである(図5)。一方、それぞの水温クラスでの溶存酸素量については1985年、1999年の間に有意な差が見られていない(表1)。溶存酸素の精度は、両観測ともに6umol/kg以下であり、両観測ともに水温クラス間での溶存酸素量の差は有意確保されていることから、1.1以下の海水の減少と1.2以上の海水の増加は、両者間での混合に起因したものでは無いことが結論できる。底層1000m以深での昇温は、西経160度以西で、約0.6x10-5W/sec/m2であり、この海域でのGeothermal heating(Joyce et al., 1986)と同じオーダーをとる(約2倍)。仮に底層流速の極端な低下あるいは流路に大きな変化があったとしたら、その関与は否定できない。また、亜寒帯海域より南方では、1985年に実施された北緯24度(P3)線と1990年代に実施された他のWOCE測線との交点での底層1000mの水温は北西太平洋海盆でいずれも顕著な昇温となっている。図には示さないが、これらの昇温は、P1での結果と同様に、いずれもNADWθクラスの海水中の1.1を境とする海水量の増減に起因している。したがって、P1で観測された底層水の昇音は、北西太平洋海盆全体で発生したいた可能性が高く、局地的なGeothermal heatingを原因として考えることは難しい。むしろ、より南方のWake島通路から北西太平洋海盆に供給される底層水の変化を仮定するべきかも知れない。一方、東太平洋海盆では降温となっている。これはNADWθクラスの海水の増加によっている。この海域での1.1以下の底層水は、Horizon Passageによって中央太平洋海盆とはほとんど切り離されており、P1を含むこれまでの議論とはわけて考える必要がある。

P17N底層:P17Nでは、そのほとんどの測点での水深が5000mよりも浅く1.1以下の海水はアリューシャン海溝部でのみに存在していたが、そこでも1993年の観測時にくらべ、1.1以下の海水量減少が観測された。これはP1と同様である。一方、アラスカ湾内では、ファンデフカ海盆の底層に、有意な溶存酸素の増加を伴う低温化が観測された。このことと、上述の北東太平洋海盆で観測された降温との関連についての考察を進めている。

 

 

 

図1.SAGEで実施したWOCE側線の繰り返し観測点。P1の北海道沖については、2度の試みにも関わらず実施できなかった。P17観測では、新たに炭酸系の測定がおこなわれた。またその塩分精度についてはWOCE測線上の世界記録であると自負できる結果であった。なお、P1側線についてはカナダも含め、2台のCTD/ROSSETTEを失った。

 

図2.1985年と1999年のP1側線での水温差の断面図。両観測の精度から、0.002以上の差が有意となる。図中の白抜き部分は、‘triangle area’あるいは0.002以下の水温差しかない部分である。赤系統が、1999年に昇温が、青系統が降温が、それぞれ観測された部分である。

図3. 図2に対応する塩分差の断面図。量観測の精度から0.003psu以上の差が有意とみなせる。赤系統が1999年に高カン化が、あお系統が低カン化が、それぞれ観測された部分を示す。

図4.1982年から1984年の間の海面風応力回転の平均と、1996年から1998年の間の海面風応力回転の平均の差。ハッチ部分が負のアノマリを示す。図中には、P1側線の内、1999年に、2000m層に昇温がみられた部分を赤、降温がみられた部分を青で示した。

表1. P1断面内で1.1℃以下の海水および1.1℃から1.2℃までの海水、それぞれの溶存酸素量を、1985年と1999年で比較した結果。単位はumol/Kg

 

1985      1999

-------------+--------+------

upper

1.2>theta>1.1  148.1     147.4

-------------+--------+------

lower

1.1>theta       157.9     157.1

-------------+--------+------

 

図5.P1底層の2.0℃以下の各水温をもつ海水が占める断面内

での面積変化を示した図(左図)および、面積変化を海底から積

分した結果(右図)。1.2℃以下のmNADWθクラスの海水内で

顕著な変化が生じていることがわかる。

 

図6.1985年に観測された北緯24度測線(P3)と、1990年代に観測された子午線に沿う観測線との交点で計算された底層から1000m内での昇温率(0.001℃/年)(符号付き数字)と、平均水温。実際には交点が無いため、近接する3ないし4点での平均を用いている。