はじめに

文部科学省科学技術振興調整費総合研究「北太平洋亜寒帯循環と気候変動に関する国際共同研究」


研究推進委員長 ・ 研究代表者 ・ 各分科会主査から


 
 

「北太平洋亜寒帯循環と気候変動に関する国際共同研究(SAGE)」
 

 

SAGE推進委員会委員長 花輪 公雄(東北大学大学院理学研究科)

 

 文部科学省科学技術振興調整費総合研究「北太平洋亜寒帯循環と気候変動に関する国際共同研究」(略称はSAGEで,セイジと発音します)について紹介いたします.

 SAGEは,北太平洋の亜寒帯域(おおよそ北緯35度より北の海域)の海洋構造と循環像を観測により詳細に把握し,合わせてその時間的な変動を調べることで,北太平洋域の気候変動の理解に資することを目的とした国際共同研究計画です.本計画の第I期は平成9−11年度に行なわれ,現在第II期(平成12−13年)を進めています.

 北太平洋の亜寒帯域は天候が不順なことが多く,またわが国から遠い海域であることから,これまで十分に観測が行なわれていませんでした.しかし,さまざまな研究から,気候の数十年スケール変動を引き起こす重要な海域であることや,大気中の二酸化炭素を吸収し,そして他海域へと運ぶ海域であることがわかってきました.おりしも海洋科学技術センターに「みらい」が就航し,さらに世界海洋循環実験(WOCE)国際協同研究計画を経験してわが国の観測技術が格段に進歩したこともあわせ,本計画が実行されるに至りました.

 第II期では,「北太平洋亜寒帯起源のオーバーターンの構造と強さの解明」をスローガンに研究を進めてきました.キーワードである「オーバーターン(overturn)」とは,海水は循環の過程で大気海洋相互作用や混合によって変質していきますが,数年から数十年の長い時間スケールで大洋規模の循環をみると,ある深さの海水が変質を受け,異なる深さに流れを作ることがあり,このような対流現象を指して呼んでいます.北太平洋には幾つかのオーバーターンがあり,これらが気候変動や炭素循環に大きな役割を担っていると考えられています.SAGEでは,特に北太平洋亜寒帯域を起源とする北太平洋中層水(塩分が鉛直方向に極小を示す水深数百メートル付近に存在する水塊)の形成に伴うオーバーターンについて,その構造と強さを解明することを目指しています.

 現在SAGE計画も最終局面にあります.SAGE関係者一同,最終目標に向かって成果の取りまとめに大いに努力しているところです.

 

 

研究代表者 深澤理郎(海洋科学技術センター)
 

 数年前の夏、今は現役を退いてしまった第一白嶺丸の研究室で「亜寒帯循環と気候変動に関する国際共同研究の予備的研究」の報告書の内、観測に関する部分を書いていました。水塊の形成を通じて高緯度海洋は気候と密接に関連している、ということは概念としてはわかっていたつもりでした。しかし、大課題名を前にして、観測研究としてそれを具体的に示す仕掛けは容易にはできあがる物ではありませんでした。気象庁、水産庁、水路部等々、それぞれの個性を発揮しながら全体として一つの方向を目指す。書けば簡単な言葉ですが、それと大課題のゴールの整合をとることは、不可能にさえ思えたものでした。

それが今、終わりの時を迎えます。どの小課題にも珠玉の成果が含まれています。大課題のゴールもすぐそこです。省庁改編の嵐の中で、各担当者が「亜寒帯循環と気候変動に関する国際共同研究」に向けて傾注した努力の数々にはただただ頭が下がる思いがします。しかし、まだ、本当にゴールのテープを切ることが残っていることをどうかお忘れにならぬよう。後世への贈り物としてはもちろんのこと、「こういう研究がかつて存在した」ことを世に残すためにも。

最後に、本振興調整費事業を進めるにあたって、杉ノ原、花輪の第一期、第二期推進委員長をはじめとする推進委員各位、本大課題に格別の御助力をくださった旧科学技術庁、現文部科学省の古川、松本両氏、そのほか数多くの方々にこの場を借りて心からお礼を申し上げます。

 

 

第1分科会:北太平洋亜寒帯循環の構造と変動の解明

主査 道田 豊(東京大学海洋研究所)

 

 SAGE第2期の中心課題が「北太平洋亜寒帯起源のオーバーターンの構造と強さの解明」と設定されたことを受けて,プロジェクト全体で観測解析研究とモデル研究の連携・融合を意識した組替えが行われた.

 第一のグループは,北太平洋亜寒帯循環の大まかな構造について,さまざまな観測,歴史データの解析,モデル研究によって,基本的には従来の描像と同様ではあるものの,季節変動や水塊の形成・変質過程に関して新たな知見を加えた新しい循環像を提示した.そこでは,西部亜寒帯循環における表層〜亜表層の水塊形成過程において,中冷・中暖構造の果たす役割の重要性が示唆された.また,亜寒帯循環を東西に横切る観測線(P1:47°N)におけるWHP(WOCE Hydrographic Programme)型の再観測から,深層における水温・塩分の長期的変化の可能性が示されたほか,表層海流像に関しては,従来の知見とは異なる冬の平均場や,これまであまり注目されていなかった渦の存在が示され,化学トレーサーの分野においてモデルと観測の融合が試みられるなど,大きな進展があった.

 大まかな循環像を明らかにするという課題設定は,研究グループとしてのまとまりに欠けてしまう懸念があるが,第2期の後半からは各研究担当者が統一した問題意識で研究に当たられ,「グループとしてのまとまった成果」があがったと評価できると思う.各担当者の精力的な研究活動に敬意を表する.

 

 

第2分科会:北太平洋中層水の形成と中層循環機構の解明

主査 安田一郎(東京大学大学院理学系研究科)

 

 本分科会では、オホーツク海から本州東方海域にかけて北太平洋中層水の起源水の形成海域から塩分極小形成海域における海洋観測を行うと同時に、数値モデルによって起源水の形成過程・本州東方海域の中層水形成を再現し理解することを目的として研究してきました。観測では、北太平洋中層水の形成に関わるオホーツク海と太平洋の海水交換と亜寒帯水の長期変動、亜寒帯水の亜熱帯海域への流入量と変動、本州東方海域での中層水形成量とその変動・形成過程の定量化が大きく進展しました。SAGE終了時までには、海水毎に数字の入った循環像の図ができあがる予定です。モデル研究では、起源水の形成過程の一部を明らかにできたと同時に、高解像度北太平洋モデルによって以前よりも現実的な塩分極小構造が再現されました。観測とモデルの両方の進展により、モデルの妥当性を観測から診断できる新しい段階に入っています。SAGE研究の進展により北太平洋中層の循環像が以前より格段に進展したことを確信しています。

 

 

第3分科会:亜寒帯循環での二酸化炭素の挙動に関する観測研究

主査 津田 敦(水産総合研究センター北海道水産研究所)

 

北太平洋亜寒帯西部は、二酸化炭素を吸収する可能性がある海域として考えられているが、これまでの観測結果により、季節的な変動がきわめて大きいことが確認されており、二酸化炭素の放出・吸収を論じるためには、時空間スケールの広がりを持った観測及びガス交換係数の算定が必要である。そこで、この海域における炭酸系物質(全炭酸、pH、アルカリ度、pCO2)の分布とその季節変動に関する観測を実施し、同時にモデルにより見積もられたガス交換係数の精度査定を行い最終的には西部亜寒帯域におけるフラックスマップを作成する。また、二酸化炭素の吸収における重要な生物過程として、二酸化炭素吸収に働く珪藻、放出に働く円石藻の動態を、観測およびモデル解析を通じて解明する。本分科会は下記5課題より構成されている。

@表層二酸化炭素分圧の季節変動とフラックスの把握

1)海面二酸化炭素分圧の季節変動の解明(気象庁気候・海洋気象部、気象庁観測部、函館海洋気象台)

2)表層二酸化炭素分圧と物質循環に関する研究(海上保安庁水路部)

3)二酸化炭素交換係数の評価とフラックスのマッピング(東海大学海洋学部)

A三陸沖炭酸系物質の季節変動の把握(水産庁中央水産研究所)

B亜寒帯域の生物ポンプによる炭素物質輸送の季節変動の把握(水産庁北海道区水産研究所、一部北海道 東海大学に委託)

「表層二酸化炭素分圧の季節変動とフラックスの把握」は二酸化炭素分圧の測定に関して2課題、分圧からフラックスを求める際に必要となるガス交換計数に関する1課題、であり、気象庁は各機関において取得された二酸化炭素分圧等のデータベースを構築し管理・運用を行った。「三陸沖炭酸系物質の季節変動の把握」は三陸沖において炭酸系物質の季節変動を把握し、その変動要因、および中層水による輸送過程を解明する。さらに、本課題では人為起源二酸化炭素の吸収と輸送についても見積もりを行い、亜寒帯太平洋中層水の役割を明らかにした。「亜寒帯域の生物ポンプによる炭素物質輸送の季節変動の把握」では、一部を北海道東海大に委託し、二酸化炭素を吸収除去する効果が期待される珪藻と放出に働く円石藻に焦点を絞り、生物ポンプ、アルカリポンプの役割を解明した。

 各課題は有機的に連携し、二酸化炭素分圧のデータ取得、データベース化、それを用いた二酸化炭素フラックスマップの作成が順調に進行した。また第1,2分科会との連携により、人為起源二酸化炭素の吸収も見積もることが出来た。また生物課題では、珪藻、円石藻の炭素物質収支における数量的評価がなされた他、今まで無視されてきた動物プランクトンによる水中からの有機物除去が大きく炭素収支に関わることを明らかにした。

 

 

第4分科会:データ管理と基盤整備

主査 永田 豊((財)日本水路協会海洋情報研究センター)

 

 このワーキンググループは、本計画で設定したデータポリシィに沿って本計画で取得されたデータを収集しデータベース化すること(海上保安庁水路部)、SAGE研究者間のデータ・情報の迅速な交換を促進すること、SAGEホームページ等を通して、またCD-ROM等の磁気媒体を通して成果を公開していくこと(気象庁気候・海洋気象部)、亜寒帯循環に関する知見に立脚した科学的品質管理の方法を研究して、SAGEデータに適用すること((財)日本水路協会海洋情報研究センター)が任務である。いわば、SAGE研究者間のインターフェイス、SAGEの成果を一般提供するインターフェイスの役割を果たすところにある。それぞれの活動については、それぞれの報告を参照されたい。海上保安庁水路部および気象庁気候・海洋気象部の業務については、性格上研究成果の報告は論文の形では行われていないが、第4WGの仕事の概要については、吉岡典哉・小出孝・高芝利博・永田豊(1999):「亜寒帯循環データベースの構築と管理」、月刊海洋、31、748-754に報告されている。